有り体に言って、
誰に言われたわけもない
私の心が弱いだけ
それは
悪意のなく
豆腐の崩れ行く様に似て
私の心が弱いだけ
それは
悪意のなく
豆腐の崩れ行く様に似て
うしろゆび、ひとさしゆび
爪先に
ささくれで血の滲む
さされ指
ささくれで血の滲む
さされ指
マリアの花園
花園に舞う蝶が
秘密の鍵を要求する
四阿であのひとが微笑んでいる
そんな蜃気楼を閉じ込めた花園
――私は女を知りません
自らの純情を誓わなければ
あのひとには会えない
――母親の記憶も朧気です
あのひとは変わらず
膝の上で手を重ね
名画のごとくカーヴを描いた唇で
静かに笑っている
ひとたび会えば
睦言などなく肌を肉を血液を交わす
許された時間をすぎれば
噎せる花の香りが呼吸を圧迫し
蝶が鱗粉を撒き散らしては
身体に毒を染みこませ
私を楽園から追放する
――私は女を知りません
――母親の記憶も朧気です
合言葉に繰り返すのは嘘ではない
秘密厳守を殊更に強いるので
ここを出るたびに
四阿にしどけなく横たわった
あのひとの顔も声も匂いも
すべて置いていかなければならない
花園を訪れるのは
いつも初めてだからだ
花園に舞う蝶が
秘密の鍵を要求する
忘却の楽園
刻まれた記憶は重い熱を孕んだ下腹部の痛み
楽園に閉じ込められた
妄想の中にあるあのひと
嗚呼 あのひとは
腹の中のマリア
美しい純潔の女
誰のものにもならない女
永遠に生まれない女
私は腹を撫でる
愛撫のように
慈しみを込めて
憎しみを育てるように
真夜中
天頂をすぎた満月が地平線に沈むまで
秘密の鍵を要求する
四阿であのひとが微笑んでいる
そんな蜃気楼を閉じ込めた花園
――私は女を知りません
自らの純情を誓わなければ
あのひとには会えない
――母親の記憶も朧気です
あのひとは変わらず
膝の上で手を重ね
名画のごとくカーヴを描いた唇で
静かに笑っている
ひとたび会えば
睦言などなく肌を肉を血液を交わす
許された時間をすぎれば
噎せる花の香りが呼吸を圧迫し
蝶が鱗粉を撒き散らしては
身体に毒を染みこませ
私を楽園から追放する
――私は女を知りません
――母親の記憶も朧気です
合言葉に繰り返すのは嘘ではない
秘密厳守を殊更に強いるので
ここを出るたびに
四阿にしどけなく横たわった
あのひとの顔も声も匂いも
すべて置いていかなければならない
花園を訪れるのは
いつも初めてだからだ
花園に舞う蝶が
秘密の鍵を要求する
忘却の楽園
刻まれた記憶は重い熱を孕んだ下腹部の痛み
楽園に閉じ込められた
妄想の中にあるあのひと
嗚呼 あのひとは
腹の中のマリア
美しい純潔の女
誰のものにもならない女
永遠に生まれない女
私は腹を撫でる
愛撫のように
慈しみを込めて
憎しみを育てるように
真夜中
天頂をすぎた満月が地平線に沈むまで
思い出セピア
それは
棒付きのべっこう飴を舐めていた時のことだ
蛞蝓のように舌を這わせ
わざと軟体動物めいた動きで
エロティックに
グロテスクに
熱心に
飴を溶かして
無駄な熱に浮かされた
舌が痺れた頃
薄くなった飴の向こう側が見えた
ひどく歪んだ家と
ひどく歪んだ空と
淡い琥珀を透かして
セピア色になり損ねた景色のようだった
そのフレームに
満足に見入ったあとで
最後にひと舐め
ほとんど麻痺した舌に
僅かに甘い味を残して
ぱり
と
ばり
の間の音をたてながら
飴を噛み砕いた
鋭い破片が舌先を切って
飴よりも温かく甘くそして塩味のある
血液が味蕾を刺激した
溢れる血の量はひどく多くて
ぱりぱり と噛み砕きながら
生命が減っていくことを思った
セピア色になり損ねた過去に
赤い色の蛞蝓の這った痕を見つけた
それは
べっこう飴を舐めていたときのことだった
棒付きのべっこう飴を舐めていた時のことだ
蛞蝓のように舌を這わせ
わざと軟体動物めいた動きで
エロティックに
グロテスクに
熱心に
飴を溶かして
無駄な熱に浮かされた
舌が痺れた頃
薄くなった飴の向こう側が見えた
ひどく歪んだ家と
ひどく歪んだ空と
淡い琥珀を透かして
セピア色になり損ねた景色のようだった
そのフレームに
満足に見入ったあとで
最後にひと舐め
ほとんど麻痺した舌に
僅かに甘い味を残して
ぱり
と
ばり
の間の音をたてながら
飴を噛み砕いた
鋭い破片が舌先を切って
飴よりも温かく甘くそして塩味のある
血液が味蕾を刺激した
溢れる血の量はひどく多くて
ぱりぱり と噛み砕きながら
生命が減っていくことを思った
セピア色になり損ねた過去に
赤い色の蛞蝓の這った痕を見つけた
それは
べっこう飴を舐めていたときのことだった
月夜のサーカス
玉乗り道化師は月夜の花形
満月をくるくるくるると自在に操り
半球を東から西へ
あぶなっかしいのは計算のうち
玉乗り道化師の熟練の技
月はみるみるかけていく
がったんつるりがっくんと
凸凹の月を転がして
ようよう舞台を退場すれば
そのうち演目は真昼になって
月の球はほんのり白く
薄い薄い玻璃のごと
おそるおそる東から西へ
玉乗り道化師の休息は
ひとつきにほんの一日きり
休む間ものなく演じます
玉乗り道化師は命がけ
月の球に乗りそこね
鋭い月の鈎が背中をぐさり
玉乗り道化師 最期の演目
ぶらりぶらりと
三日月の先に吊るされて
月を赤い色に染めながら
そのまま天空よぎります
月夜のサーカス
雲に隠れる明日中に
次の道化師を探さにゃなりません
満月をくるくるくるると自在に操り
半球を東から西へ
あぶなっかしいのは計算のうち
玉乗り道化師の熟練の技
月はみるみるかけていく
がったんつるりがっくんと
凸凹の月を転がして
ようよう舞台を退場すれば
そのうち演目は真昼になって
月の球はほんのり白く
薄い薄い玻璃のごと
おそるおそる東から西へ
玉乗り道化師の休息は
ひとつきにほんの一日きり
休む間ものなく演じます
玉乗り道化師は命がけ
月の球に乗りそこね
鋭い月の鈎が背中をぐさり
玉乗り道化師 最期の演目
ぶらりぶらりと
三日月の先に吊るされて
月を赤い色に染めながら
そのまま天空よぎります
月夜のサーカス
雲に隠れる明日中に
次の道化師を探さにゃなりません
地球の裏側を通って
いつになったらいこうか
西の海を抜けて
東の空へ
あの日の
あの音へ
ループする夢の端境
波打ち際に
砂に引きずられて
倒れて
塩気のある水に
溺れて
酸欠の脳に
極彩色の夢
差し伸べられた手が
虹色にはじけ散った
吐き出す
末期の吐息の泡
あの日の
あの音へ
帰れるように
西の海を抜けて
東の空へ
あの日の
あの音へ
ループする夢の端境
波打ち際に
砂に引きずられて
倒れて
塩気のある水に
溺れて
酸欠の脳に
極彩色の夢
差し伸べられた手が
虹色にはじけ散った
吐き出す
末期の吐息の泡
あの日の
あの音へ
帰れるように
鳥籠の美学
厳重に錠の掛けられた鳥籠には宿木。
それは私の不自由な首の下にあるトルソー。
まったき姿を尊いと思う。
(たとえば、オフィーリアの純粋な狂気)
執拗に閉じ込めようとした心臓は肋骨の檻で朽ちてしまった。
自由を愛でるための鳥籠は、
不自由さ定義するトルソーは、
その主の死によってとうに役目を終えたのだ。
純粋さは育てられず、錠ばかりが滑稽な正当性を主張する。
心臓は黒く朽ちた。
小鳥は、いない。はじめから。
それは私の不自由な首の下にあるトルソー。
まったき姿を尊いと思う。
(たとえば、オフィーリアの純粋な狂気)
執拗に閉じ込めようとした心臓は肋骨の檻で朽ちてしまった。
自由を愛でるための鳥籠は、
不自由さ定義するトルソーは、
その主の死によってとうに役目を終えたのだ。
純粋さは育てられず、錠ばかりが滑稽な正当性を主張する。
心臓は黒く朽ちた。
小鳥は、いない。はじめから。
あられ
もう、さようならがしたいと
真冬の空に向かって呼びかけた
あまりに何度も何度も言った言葉だったので
空はあっけらかんとした知らん顔
あまりに冷え冷えと青い色だったので
呼びかけた
『もう』
『、』
『さよなら』
『が』
『したい』
が
ぱらぱら凍って落ちてきました
真冬の空に向かって呼びかけた
あまりに何度も何度も言った言葉だったので
空はあっけらかんとした知らん顔
あまりに冷え冷えと青い色だったので
呼びかけた
『もう』
『、』
『さよなら』
『が』
『したい』
が
ぱらぱら凍って落ちてきました
両手の絶望
いつも張り詰めて
固く蒼褪めた表情をしている貴方が
眠るときだけは
穏やかな吐息で緊張が拡散していって
今日の死に安堵したように
それこそすべてを終えたと満足しきったように
意識を手放していく
戯れに華奢な首に手をかければ
虚をつかれた顔をしながらも
同じ、顔をした
そこには訝しさは微塵もなくて
ただ解れていく微笑
貴方は残酷な人だ
手を離せばすぐさま
切れそうに張り詰めた糸の面持ちで
どうしてと問いかけもせず
中断したデッサンに戻っていった
貴方は僕を見ても
安らいだ顔をすることはない
僕は両手を見下ろした
彼の人に安寧をもたらす眠りと死を
内在させる己の一部を
貴方に本当に触れられるのは
この手だけだった
固く蒼褪めた表情をしている貴方が
眠るときだけは
穏やかな吐息で緊張が拡散していって
今日の死に安堵したように
それこそすべてを終えたと満足しきったように
意識を手放していく
戯れに華奢な首に手をかければ
虚をつかれた顔をしながらも
同じ、顔をした
そこには訝しさは微塵もなくて
ただ解れていく微笑
貴方は残酷な人だ
手を離せばすぐさま
切れそうに張り詰めた糸の面持ちで
どうしてと問いかけもせず
中断したデッサンに戻っていった
貴方は僕を見ても
安らいだ顔をすることはない
僕は両手を見下ろした
彼の人に安寧をもたらす眠りと死を
内在させる己の一部を
貴方に本当に触れられるのは
この手だけだった
血痕を巡る考察
レッドブラウンの薔薇のカーペット
あの人が血を流した痕
滅んだ夜
聖杯に満ちた赤い色
床に這い蹲って舐めた影は何者ぞ
鉄と塩の味
甘い味
月も赤く染まって
踊る影を映した
悪魔か殺人者か道化師か
否、
唯々
卑しいのは傍観者たるわたしだ
あの人が血を流した痕
滅んだ夜
聖杯に満ちた赤い色
床に這い蹲って舐めた影は何者ぞ
鉄と塩の味
甘い味
月も赤く染まって
踊る影を映した
悪魔か殺人者か道化師か
否、
唯々
卑しいのは傍観者たるわたしだ


